このすみノート

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なぜ働いていると本が読めなくなるのか、という本を読んだ

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という本を読みました。

私も全く同じ境遇でして、ここ数年は読書する気力がなく、書物にあまり手が伸びない毎日です。 自分なりに、なんとなく理由は分かっているのですが、その気持ちを言語化したく本書を手に取りました。

働いていると本が読めなくなる理由

本書を読んだ上で、私なりに働いていると本が読めなくなる理由を整理しました。

理由1: 疲れているから

おそらく理由の大部分が、社会人は疲れているからです。 たとえ残業なしのビジネスマンでも、1日8時間働いているとしたら、それなりに疲労しています。

私事で強縮ですが、ここ最近の私はアプリケーション設計の検討などを行っているため、典型的な頭脳労働で脳が疲れる毎日です。 そんな状態ですから、仕事上がりのアフターファイブで活字を読み、脳で解釈しようとする気力は削られます。

理由2: 読書に多くのことを求めすぎている

これは主に技術書や自己啓発書を読む時に感じていることですが、読書のハードルを上げすぎている、もしくは読書に多くのことを求めすぎているきらいがあります。

社会人としては、限られた貴重な余暇の時間を使って本を読むのだから、本から何かを得なければならないというプレッシャーです。 例えば技術書を読んでいるならば、読了後の自分はエンジニアとして成長した状態にある、みたいなイメージです。

読書を無理やり仕事に結びつけようとすると、それでは余暇と言えなくなってしまいます。 純粋な読書と違い、成果が求められる読書では本を素直に楽しめなくなり、ますます本を読む気力が削がれます。

理由3: もっと手軽な娯楽があるから

YouTubeであれば、ただ見ているだけで娯楽が完成します。 自動再生を有効にしている場合は、次の動画もYouTubeがサジェストしてくれます。

テレビも同様ですが、ただ見ているだけなら身体にかかる負担も少ないため、疲れた社会人には手軽な娯楽です。 読書の場合、まずは本を選んだり購入したりするところから始めなければなりません。

それでも本が読みたい自分に向けて

本が読めなくなる理由はよく分かったのですが、それでも読書は続けたいと私は思っています。 そこで、幾つか考えてみました。

身体の疲れ具合によって、読む本を変えてみる

その日の疲れ具合によって、読む本の種類を変えます。

金曜の夜しっかり寝ることを大前提とした場合、週末は平日ほど疲れていないと仮定します。 それであれば、専門書や実用書など、内容を咀嚼しながら読む書物にも脳がついていける可能性が高いです。

反対に、仕事上がりの時間帯に専門書を読むのは大変なので、敷居の低いマンガを読んだりします。

本の内容を忘れてしまったら、再読すればいいと割り切る

「専門書や実用書を、貴重な余暇の時間で読むのであば、ビジネスマンとして成長できる知識を吸収しなければ・・・」といった観念を捨てます。 Google検索と同じような考え方で、忘れてしまったらググればいい(再読すればいい)と割り切ります。

素直に読みたい本を純粋に読めばいいし、それが余暇で味わえる趣味としての読書であると考えます。 読書に成果を求める場合は、それは本業または副業の仕事(の一環)であるとも考えられるかもしれません。

あとがき

社会人になって本が読めなくなってしまうのは、自分だけではなかったという共感を得ました。

読書は老後になっても続けられる、息の長い趣味だと思ってます。 脳や身体の疲れ具合に配慮しながら、程よく付き合っていきたいです。