「邪馬台国はどこですか? / WHERE IS YAMATAI?」は、鯨統一郎さんによる歴史小説です。

- 作者: 鯨統一郎
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1998/05/24
- メディア: 文庫
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ただし、歴史小説といっても、本作の舞台は現代であり、バーです。なんと、本作はバーを一歩も出ません。安楽椅子探偵の如く、バーの片隅で歴史検証バトルが始まります。
巻末の付記に書いてあるのですが、本書で展開される歴史上の謎に対する仮説は、行きつけの酒場のマスターに語っている内容が元になっているとのことです。つまり、本当にバーで語られていたわけです。
荒唐無稽な説と称しておりますが、理論が伴っているので、本書には物凄い説得力がありました。
それでは早速、ネタバレありの感想を書いていきます。
目次
- 目次
- 本作の概要
- ブッダは悟りを開いていない
- 邪馬台国は岩手県にある
- 聖徳太子は架空の人物だった
- 織田信長は光秀を使って自殺した
- 明治維新は勝海舟の催眠術によって成し遂げられた
- ゴルゴタの丘で処刑されたのはイエスではなくユダである
- さいごに
本作の概要
本作の概要は、1ページ目より引用いたします。
カウンター席だけの地下一階の店に客が三人。三谷敦彦教授と助手の早乙女静香、そして在野の研究家らしき宮田六郎。
初顔合わせとなったその日、「ブッダは悟りなんか開いてない」という宮田の爆弾発言を契機に歴史談義が始まった・・・。
回を追うごとに話は熱を帯び、バーテンダーの松永も教科書を読んで予備知識を蓄えつつ、彼らの議論を心待ちにする。
ブッダの悟り、邪馬台国の比定地、聖徳太子の招待、光秀謀叛の動機、明治維新の黒幕、イエスの復活-を俎上に載せ、歴史の常識にコペルニクス的転回を迫る。
大胆不敵かる奇想天外なデビュー作品集。
ブッダは悟りを開いていない
本作の歴史検証バトルは、「ブッダは悟りなんか開いてない」という宮田の発言で幕を開けます。基本的には、宮田と静香によるディベートのような進行で、歴史の謎が紐解かれていきます。
ブッダとは「目覚めた人」という意味のサンスクリット語です。本名はゴータマ・シッダールタと言います。
- ブッダの真の悩みは奥さんの浮気である
- 悟ったあとでまた禅を組まなければならなかった程度の悟りだ
- ブッダは悟りを開いたあとでも、まだ自分の師を探していた。悟りを開いた人が師を探すかい?
「悟りを開いたのはいつですか?」の章から、宮田の主張の一部を紹介してみました。
いやー、とにかく凄いです。真相がどうであるかは別問題としても、静香の反駁に対して、宮田の想像もしなかった答えが覆いかぶさっていきます。
ブッダは、ヤショーダラー姫と浮気相手との間にできた子供に、悪魔と言う意味の「ラーフラ」という名前を付けた。浮気相手とその子供を許せない自分自身との葛藤により、あそこまでの高みに達することができたのだ・・・。まさかの浮気相手葛藤説に、読んでいる私もびっくりしました。
邪馬台国は岩手県にある
次の章では、宮田が「邪馬台国は岩手県にある」という説を展開します。
- 魏志倭人伝の方角の表記は南北が逆であり、また書いてある距離はあてにならない
- 卑弥呼は占星術師だった
- 岩手県の「八幡平」はヤマタイと読める
「邪馬台国はどこですか?」の章では「東北には古墳が少ないが、都市開発がされていないだけである。古墳は都市開発を契機にして、土地を掘らないと発掘されない」といったやり取りから、宮田と静香の議論はスタートします。
本章は、オチが綺麗すぎて驚きました。 「八幡平は、土地全体でここに邪馬台国があったと叫んでいるよ。だってヤマタイと読めるからね?」冷静に見ると、ただの薀蓄じゃないかと思わなくもないのですが、本書を読むとそうは思えません。
聖徳太子は架空の人物だった
「聖徳太子はだれですか?」の章では、宮田が「聖徳太子と蘇我馬子というのは、推古天皇の良い面と悪い面を人格化した、いわば架空の人物である」という説を展開します。
- 藤原不比等は「日本書紀」で架空の天皇を十四人も登場させている
- 聖徳太子も蘇我馬子もその実体は女性だった
本章のポイントは、歴史的な書物をどこまで信じるかに焦点があてられています。勝者に作られた歴史には、都合の良いように改変がされている可能性があります。「日本書紀」に架空の天皇を登場させたのくだりは、まさに最たる例です。
織田信長は光秀を使って自殺した
「謀反の動機はなんですか?」の章では、宮田が「信長は、光秀を使って自殺した」という説を展開します。
- 織田信長は、自殺の危険のある性格傾向にすべてあてはまっている
- 桶狭間の戦いは奇襲攻撃ではなく、正面突破だった
- 信長は天皇との権力闘争に破れた結果、失意のもと自殺した
本書では「信長は長島城に籠城していた一揆軍を兵糧攻めにし、降伏した一揆軍の二万人もの老若男女を容赦なく焼き殺したと」いった、信長の特異な行動を手がかりにして、信長の性格を考察していきます。「桶狭間の戦いは信長の自殺未遂の戦いだった」のくだりを読む頃には、すっかり私は宮田の主張に引き込まれていきました。
明治維新は勝海舟の催眠術によって成し遂げられた
「維新が起きたのはなぜですか?」の章では、宮田が「明治維新は勝海舟ひとりによって成し遂げられた」という説を展開します。
- 竜馬や西郷、大久保は、勝海舟に催眠術をかけられていたんだ。その人物は彼らを自由自在に操って、明治維新を成し遂げた
- 江戸城無血開城は、あくまで勝の意思であり、決して西郷の意志ではない
- 徳川軍と官軍がもし実際に戦っていたら、徳川軍が勝っていた
倒幕派が革命を起こそうとした動機は「尊王攘夷(尊王:政治を天皇の手に戻すため。攘夷:幕府の開国政策を正すため)」だったのに、新政府の方針は「開国」に加えて、「天皇に変わって政府が政治を執り行う」でした。
「明治維新があってもなくても、日本の制作には何の変化もなかった」
明治維新における唯一にして最大の謎を解き明かすために、バーの片隅で議論は進みます。
ゴルゴタの丘で処刑されたのはイエスではなくユダである
「奇蹟はどのようになされたのですか?」の章では、宮田が「十字架で死んだのはイエスではなくユダであった?」という説が展開されます。
- エッセネ派は義の教師の復活を待っており、イエスがいったん処刑されて復活しなければ、自分たちの教義は嘘ということにされてしまう
- エッセネ派の幹部であるユダは、イエスの天才性に気づき、イエスとユダが入れ替わるトリックを考案した
本書における最後の章なのですが、最後にして最大の奇想天外です。何せ、宮田の主張は「イエスとユダが入れ替わるトリックによって、奇蹟は成し遂げられた」という論調なのです。
さいごに
本書は、「創元推理短編賞」の応募作であり、著者のデビュー作でもあります。
「小説としての仕掛けや工夫はありません。受賞は難しいですが、落とすには忍びないものがあった」これは選考における宮部みゆきさんのコメントですが、とにかく不思議な魅力を持った作品でした。
本書で展開されている説が、真実であるかどうかはともかくとしても、私は本書で「歴史を検証したり、追求することの楽しさ」を学んだ気がします。
歴史には、たくさんの魅力が詰まっています。その魅力をバーで語り合うのが「邪馬台国はどこですか?」という作品なのです。

- 作者: 鯨統一郎
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- メディア: 文庫
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