小坂流加さんが描く、死ぬ準備をするための物語 余命10年【感想】

「余命10年」を読み終えました。

余命10年 (文芸社文庫 NEO こ 5-1)

余命10年 (文芸社文庫 NEO こ 5-1)

この本は、不治の病に侵され、余命を宣告された若き女性の物語です。有名な「世界の中心で、愛をさけぶ」に代表されるように、ジャンルとしてはよくある本なのですが、この本には一点だけ最大の特徴があります。

それは「余命10年」の作者もまた病に侵されており、本書の刊行を待たずして亡くなってしまったのです。

これから書くのはネタバレありの感想ですのでご注意ください。

漫画家になるという夢を叶える茉莉

病気が発覚して以来、2年間を病院で過ごした茉莉は、病状の安定に伴い退院することになりました。

ずっと病院で過ごしてきた茉莉は、すっかり無気力になってしまい、突如自由になっても、やりたい事が思い浮かびません。そんな茉莉を元気にさせたのは、親友の沙苗でした。

沙苗との触れ合いを通して、同人誌の漫画を書いたり、コスプレの衣装製作を始めることになります。

最終的に茉莉は、昔からの夢を叶えることに成功します。なんと、たった3回とは言え漫画の連載を持つことに成功し、本屋さんに自分の本を並べることができたのです。

余命を持つ人は、人を好きになってはいけないのか?

小学校時代を生まれ育った故郷に立ち寄った主人公の茉莉は、そこで同級生との再会を果たします。

初恋の人だったタケに相手がいることを残念がる茉莉ですが、そこで再会した和人(カズ)と茉莉の二人は、急速に惹かれ合います。

余命を持つことを隠したまま仲良くなる二人ですが、ついに茉莉は覚悟を決めて、カズに真実を証します。

その後に茉莉が夢見たのは、自分の幸せではなく、和人の将来でした。自分の幸せを優先するのであれば、もちろん好きな人と結婚して、幸せな家庭を築くことでしょう。

・・・でも、茉莉はその選択肢を選びませんでした。

生を実感するほど、死が怖くなる

本書がスポットをあてているのは、余命を宣告された人の生き方です。もしかしたら、この本は著者が自分自身のために書いた本なのかもしれません。

本書では、奇跡が起きることもなければ、病気が回復することもありません。事実を淡々と描いたような作風で、余命を宣告された人の決断と、葛藤を黙々と描き出します。

私には、著者が同じような状況で考えついた生き方を、淡々と本書で表現しているかのように感じました。著者もまた、主人公と似たような境遇にあったのです。

さて、本書の主人公は、葛藤と闘うことになります。それは「生きることの楽しさを実感するほど、死の訪れが怖くなる」ということです。それに対する茉莉の答えは「死ぬ準備をする」ことでした。

精一杯生きて、必死に頑張って漫画家になる夢も叶える、懸命に恋もした。悔いの残らない人生にしたことによって、茉莉の死への恐怖はやわらいでいきます。

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さいごに

人の死を描いた作品を読んでいると「人生は死と隣り合わせなのだから、悔いのないように生きよう」と考えることがあります。

・・・でも、悔いのないように懸命に生きる人生は、どこか生き急いでいる感じがします。僕自身、死を実感することがない限りは、懸命に生きることはないかもしれません。

これは私の実体験なんですけど、無理に人生に意味を求めようとして、充実した人生を過ごそうとすると、とても疲れます。色々な本を読んで感じていることがあるのですが、私が求める人生は「生にも死にも踊らされない、自然体に好きなことをやっていく人生」にあるのかもしれません。死を実感しないとやる気にならない事だとしたら、何故それはもっと前になされなかったのでしょうか?

本書は余命を宣告された人の物語ですけど、茉莉は余命を宣告されたことによって、自分が本当にやりたかった事に気づいたんだと思います。だからこそ「死ぬ準備はできた」と堂々と言えたのです。

もしかしたら、小坂流加さんがやりたかったことも、本書の刊行にあったのかもしれません。

もし、私が同じ立場だったとしたら、何を成し遂げたら「死ぬ準備はできた」と言えるでしょうか?・・・考えてみるのも悪くないかもしれません。もし、そこで思いついたことがあるとするならば、それはきっと今からでも取り組むべきことのはずですよ。

余命10年 (文芸社文庫 NEO こ 5-1)

余命10年 (文芸社文庫 NEO こ 5-1)